vol.7 町田天満宮 宮司 池田泉さん

2023.06.22 投稿
町田に暮らす、さまざまな方の町田話を集める『まちトーク』。
第7回は、町田天満宮 宮司の池田泉さんにお話を伺いました。
はじめまして。今日はよろしくお願いいたします。

はい。よろしくお願いします。




町田との関わり
さっそくですが、池田さんは生まれも町田でいらっしゃるのでしょうか?

はい。原町田の産婦人科で生まれて65年です。1958年(昭和33年)に生まれました。今年で前期高齢者ですよ(笑)


もっとお若く見えます。原町田の産婦人科でお生まれになったのですね。


今は移転しましたが、今の原町田大通りにあった産婦人科なんです。


そうすると小学校などもこの辺りでしょうか?


そうですね。二小、二中、町高(東京都立町田高等学校)です。


すべて駅前の中心部から徒歩圏内ですね。町高というと学力の高い高校ですよね。


今はそのようですね。我々の時はそうでもないです。普通の大学みたいでしたよ。授業がなければ外に出て、お茶飲みに行って次の授業には帰ってくるような自由な校風でした。


そんなに自由だったんですね。時代もあると思いますが今では考えられませんね。


今はもう進学校のようですね。





神職へ
池田さんは、町高を出てそのまま神職の道へ進まれたのでしょうか。

神主の資格を取るには、渋谷の國學院大学に行くのが一番早いのでそこに4年通いました。


普通の大学と同じ感じでしょうか?


実習が多くて大変でした。明治神宮の森の中を掛け声を上げながら褌一丁で走るんですよ。そして冷たい水を浴びたりします。


それは大変な実習ですね。明治神宮で行われているというのも初めて知りました。他の場所にも実習に行かれますか?


はい。4年の間には自分で選択した大きな神社に行くのも単位の一つです。私は太宰府に行きました。あとは伊勢神宮にも行きます。


神社に行った時は神職の見習いさんのようなものが多いのか、今のお話のような修行的なものが多いのかどのような感じなのでしょうか?


もちろん神職の実習もありますが、通常の講義もあります。掃除とか、作法なども。伊勢神宮では五十鈴川に首まで浸かるとかいろいろあります。実習の時には毎朝おかゆを食べるのですが、最初は食べられないんです。これが1週間程で、最終日には3杯くらい食べられるようになるんです。


盛り沢山の実習内容なんですね。おかゆを食べられないというのは疲れて食べられないということですか?


味がしないんですよ。その味がしないおかゆに慣れていないので最初は食べられません。でも最終日には慣れちゃうんですよね。いくらでも食べられるようになっちゃうんです。


ほとんど味付けもないものなんですか?


ゴマ塩がかけられますが、おかずはないです。朝だけですけどね。昼夜はわりと普通のものをいただけます。


朝ごはんがおかゆだけだとお昼までにお腹が空きそうですね。


だからたくさん食べるようになるんです(笑)


なるほどです。それも修行の一環なんでしょうか。


修行というには1週間では短すぎますけどね。お坊さんなんかは高野山に3年くらい行かれますから。


とはいっても、他の神社に何度も行かれるんですよね。それはそれで違った大変さがあるように感じます。


そうかもしれません。夏休みにも行っていました。学生らしくはなかったですよ。


学生のころはなかなか遊ぶこともできなかったんですね。


一般教養も受けますし、第二外国語はフランス語をやっていたりとか、教職もがんばれば取れるんですよ。私は取らなかったですけどね。


この四年間で神職の資格を得たということなのですね。


そうですね。





町田天満宮について
町田天満宮は1580年くらいにこちらにできたとホームページで見ました。とても古い神社なんですね。当時から池田家が代々宮司さんなのでしょうか?

神仏習合だったり廃仏毀釈だったり、歴史的にはいろんなことがあったのでわからないことも多いんです。血縁としては3代目です。叔父が最初で、その次が父親、そして私です。その前からこの場所に天満宮はあったので、宮司として何代目というのはもう分からないです。


そうなのですね。叔父さまが宮司になられたのは、どのような繋がりだったのでしょうか。


私の母が、本町田にある菅原神社の先代の宮司の妹で、そこから繋がりがありました。


なるほど。町田は天満宮が多いと思っていたのですが、繋がりもおありだったのですね。こちらのお手伝いをされていたと伺いましたが、何歳ぐらいからされていましたか。


ちょうど20歳くらいからです。学生の時からでしたね。


その時と今とではお仕事の内容は変わりましたか?


やること的には変わらないですね。


宮司さんのお仕事が具体的には分からないのですが、どんなことをされるんですか?


まず第一が掃除。毎日掃除。木の剪定もやるし側溝の溝掃除もするし、うちくらいの規模だと全員でなんでもやるんです。


そうなんですね。今は何名くらいの方がいらっしゃるのですか?


職員は神職が3人で巫女が1人です。いつもは多い日で6,7人ずつ、お正月や七五三だと延べ100人くらい来てもらっています。


神職の皆さんは基本的にいつも揃っていらっしゃるんですか?


今はシフトを決めているので、全員が揃うのは忙しい日やお祭りの日などの用事がある時だけです。


シフトを組みつつ、先程教えていただいた様々なお仕事を割り振りながら行っているんでしょうか?


そうですね。もう少し規模の大きな神社になると会社に近くなるので、社長が下働きのようなことはしないと思いますが、うちの規模は町工場のようなものなので、トイレ掃除でも全員で順番にやっています。


宮司自らが働いていると周りの方もサボれないという、いいところもありそうですね。


まあそうですね(笑)体はキツくなってきています。会社なら引退の年ですからね。神主は定年がないので自分で決めるしかないんですよ。


池田さんの後を継がれる方はいらっしゃるのでしょうか?


はい。息子とあと2人は女性の神主と、一般の方で巫女もいます。


息子さんがいらして、あとは女性の神主が2人いらっしゃる。女性が多いことに驚きました。


去年までは私に年が近い男性の神主がもう1人いたのですが、止むを得ない事情で退職されました。25年ほど勤めていらしたのですが、仕方ありません。


それは寂しいですね。こちらの天満宮には本殿と左側に恵比寿様、あとお稲荷さんがあると思うのですが、神様はこちらで全てでしょうか?


恵比寿様のあるところは昔の社殿なんです。こちらの中にも何人かの神様がいらっしゃるんですよ。また、とても珍しいことなんですが、お稲荷さんは2つあるんです。


線路脇と鳥居の横の2つでしょうか?以前から2つあるんだなと思っていました。どうして2つあるんですか?


鳥居がいっぱい並んでいる方は神社のお稲荷さん。ちゃんと伏見稲荷から御霊をもらってきています。もう一つの線路沿いのところのものは、横浜線が通る前に線路の向こう側にお住まいの方の土地が少し食い込んでいて、そこにお稲荷さんがあったんです。その土地を横浜線が開通するときに切っちゃったんですが、お稲荷さんが立っているところは触りたくないということで、境内に食い込んで社殿だけが残されているんです。なのでこのあたりの2坪くらいはその方の土地なんですよ。





神社のお稲荷さん


個人宅に祀られていたお稲荷さん

そうなんですね。それは行政的にみても所有者が別ということなのでしょうか。


そうです。少し補足しますと、線路沿いのお稲荷さんは強いてお参りをしなくてもいいんですよ。人様のお庭のお稲荷さんですからね。お参りするとしても、ちょっと土地のほうにお邪魔しちゃったから、「こんにちは」というか「お邪魔しました」って言う心持ちでいいんです。でも面白いことに、個人の方のお稲荷さんの方が好きな方もいらっしゃるんですよ。





町田天満宮のお祭りやイベント
ここからは天満宮さんのお祭りや催しものについてお伺いしたいと思います。昔からお祭りは身近なものだったのですか?

そうですね。でもお祭りは子供のころはあまり好きではありませんでした。


それは何か理由があるんですか?


境内はうるさいし酔っ払って喧嘩している人がいたりしていたので。


それは子供は苦手そうですね。


若い時にお神輿が復活してお神輿担ぎをしたいと思ったこともありますが、こちら側の人間になってしまうと担げません。長いこと先頭を歩いているのですが、お神輿を担いだことがないんです。


お神輿は復活されたとのことですが、一時期はやってなかったのでしょうか


昭和53年くらいに復活したと思うんです。それまでは確か20年位途切れていたような。いろいろあって・・・


それは何かきっかけがあったとか?


旧警察署の玄関に神輿が突っ込んだことがあったことで、出来なかった時期があったらしいです。


そんなことがあったのですね。お神輿が復活したときには、すでに池田さんは神職に就かれていたので担げなかったのですね。


そうです。弟は神輿会に入って担いでいましたよ。


そうだったんですね。今でもお神輿は危ないことも多いのでしょうか?


今はとても安全なお神輿になっています。お神輿で危ないのは宮入りだけですね。宮入りはフリーになるのであちこちで揉めることもあります。ただ、昔は神輿の担ぎ屋と言われる同好会が担いでいたのですが、町内渡しという町会でお神輿を担ぎ渡していくという方法に変えたんです。その代わり町内会の半纏をきている人は誰でも入れるようになりました。そうするとお年寄りでも子供でも入れるんです。同好会の人たちは威勢よく綺麗に担いでいくんですが、普段練習していない人が入るとお神輿がヨタヨタになってしまうこともあります。それがいいといえばいいんですよね。中学生とか高校生にはいい思い出になりますし。


中高生も担げるんですね。


町田の一中と二中は、試験さえ被らなければ参加できます。


それはいい思い出になりますね。


そうですね。この3年間は山車も出ていなくて各町内の子供達が引いていないんです。子供達に思い出がないというのも可哀想ですよね。


今年からはまた復活できそうですか?


はい。復活する予定です。


また盛り上がりそうですね。春のお祭りはどんな感じでしたか?


まだ自粛していました。お店は無く、うちに所属している太鼓の会の太鼓とお囃子だけでした。音はお祭りらしいんですけど、ほとんど人がいない状態でした。


では今年の秋が楽しみですね。


はい。昨年の9月はお店だけ出したんですよ。いつもの8割くらいの数でしたが、それでも100店舗でした(笑)


すごい数ですね。


境内で迷子がでる規模ですから、ちっちゃい子からみたら迷路みたいになりますね。昔はもっと多かったかもしれないです。社殿の裏とか、ありとあらゆる場所までお店が出ていました。昔は見せ物小屋とかお化け屋敷もありました。ろくろ首とか、人魚などの見せ物小屋もあったそうです。


神社という聖域的な印象に対して、お祭りの時にはお店がひしめいていて賑やかな側面もあるところにギャップを感じます。


賑やかにしているのは、神様のお祝いのためにこれだけの人が集まっていますよというのを見せるものなんです。囃子は「囃し立てる」という意味です。要するに「お祭りやるからみんな集まれ」と囃し立てています。なので祭囃子っていうのは遠くまで聞こえるために割と甲高いんです。ふりたまという神主の作法では、掌を丸く合わせてその中に玉があることを感じられるまで瞑想します。集中すると周りの温度も音も何もわからなくなって、この中にコロコロと玉があるように感じます。お神輿を振るのも同じで、お神輿の中には御神体があって、それを激しく振ることで中のエネルギーの塊が強大になるということです。関東のお神輿は激しくやると神様の力が増すといわれています。関西ではゆったりしているんです。関西は「わっしょいわっしょい」とやらないですからね。祇園祭なんかは山車ですし。お神輿があっても優しいんですよ。


どうして違いがあるのでしょうか?


文化が町民なんですかね。関西では丸餅が象徴しているように人間関係の角を立てないという考え方で、東京は江戸っ子に代表される勢いですよね。勢いで生きている感じがします。


わかる気がします。先ほどお話にも出た太鼓の会というのはどのようなものですか?


太鼓の会っていうのは、うちのお祭りに出てもらうための会です。最近は売れっ子になっていて町田の桜祭りや団地のお祭り、百合ヶ丘のイベントなどいろんな場所に招待されて出ているみたいですよ。


メンバーは何人ぐらいいらっしゃるんですか?


フルメンバーだと7人ですね。この間のお祭りでは5人でした。女性が5人で男性が2人です。


女性が多いのですね。あとは骨董市も長いと思うんですが、何年位されてらっしゃるんですか?


もう20年くらいやっていると思います。


20年と言うと、池田さんの代になってからですね。


なんでも鑑定団が流行り出した頃からですね。神奈川骨董市という組合から、あのタイミングでやらせて欲しいと言われて。


毎月一日で、参拝の方も多いですし骨董市と合わせてとても賑わっていますよね。


一日にしたのはちょっと失敗だったかなとも思っています。一日参りの人は多いので、本当だったらもう少し静かな神社にお参りしたいんじゃないかなって思って。


どちらも楽しみにされている方も多そうです。


そういう方もいますけどね(笑)逆にお参りに来る日から一日を外した方もいらっしゃって、二日とか三日とかにする人もいます。





町田今昔
そうなんですね(笑)お祭りなどのお話を伺いましたが、ずっと町田で暮らしてきた池田さんからみて町田の変わったこと変わらないこと。これからに期待したいことなどを教えてください。


変わりましたね。そもそもこんなに高い建物はなかったです。子供の頃は家から小田急の駅が見えて、いかに2階建て以上の建物がなかったかがわかります。当時は商店の人たちは住み込みでしたが、今では駅前の商店街に住んでいる人は3人しかいないです。


私は3人も住んでいらっしゃることに驚きました。今はどこに住居があるのかと。


ビルを建てた上に住んでいらっしゃるということだと思います。昔は個人商店の奥にいくと裏にはちゃんと庭があり、井戸があり、居住スペースがちゃんとあったんです。表だけがお店でした。


そう考えると今はもうぎっしりと建物がありますね。これだけ変わると歩く人なども変わりましたか?


歩く人は、一時期よりずっと減りました。私が小学生のころ、50年も前になりますか。あの頃の中央商店街の通りは今より賑やかでした。水曜日はお休みだったので閑散としますが、他の日は原宿の竹下通りのような感じでした。ダイエーの前から小田急まで人しか見えませんでした。子供だと人が多すぎて仲見世なんて歩けませんでした。


そこまで賑わっていたのですね。今後、こうなったらいいなというようなものがあればお聞かせいただけますか?


昔より通っちゃいけない通りや地域がなくなったから、それはいいことじゃないかなって思いますね。ただ、町田の歩道の狭さはなんとかならないかと思います。がんばっている商店が移転しなくちゃいけないこともあるから大きな声では言えないけど、歩道に余裕があれば防げる事故もあると思います。八王子の甲州街道なんかは歩道が広くていいなって思いますね。





参拝の仕方
ありがとうございます。神社にお参りをする時の作法をあちこちでいろいろ見られますが、この機会に教えていただけますか?





会社でいう、偉い社長さんや会長さんのところに伺うのと近いかもしれません。例えば、社長が真ん中の上座にいてそこに挨拶にいくのに真ん中を歩いていかないですよね。少し外したところを歩くとか、前に来ていいよと言われたら行くとか、下がる時はすぐに後ろを向かないでお尻を向けないようにして下がるとか、それとほとんど同じかもしれません。鳥居を潜るときには頭を下げていく、手水する、ど真ん中は歩かない、露出の多い服は避ける、裸足にならないとかですね。汗をかいているときはだめとか、ジョギングのついでに寄ってお参りしちゃだめとか、犬と一緒はだめとか、そういう厳しいところもあります。当然といったら当然なんです。お参りをついでにしてはいけません。

なるほど、確かに偉い方にお会いするときについでに、というのはありませんよね。失礼のない当たり前の行動をとるためのお作法ということですね。


そうなんです。神様は何も言わないので、代わりに我々がそれを引き締める役割を担っているのかもしれないです。


いつもお参りに来て悩むんですけど最初に本殿に行ってお参りさせていただいたあと、他の神様へお参りしたいときに回る順番とかはあるんでしょうか?


うちの場合は、最初に中心の御社殿にお参りすること以外はないです。





読んでくださる方に一言
ありがとうございます。伺えてスッキリしました。これから先も天満宮さんの町田を見守るお役目も続くかと思いますがこちらをご覧いただく方へ何か一言お願いします。


最近、小さい保育園とか増えてきて子供達がよく散歩にきます。神社の境内は安全面にも配慮しています。子供が安心していられる場所はなかなかないので、どんどん来て欲しいと思っています。


神社は安全な場所としての役割もあるのですね。今日はありがとうございました。





PTA活動や二中のバレーボール部のコーチも長くされていたという池田さん。巫女さんはその繋がりからいらしてくださる方も多いそうです。
人気アニメのデートアライブの聖地にもなっている町田天満宮、とても気持ちのいい空間です。お参りはもちろん、骨董市や聖地巡礼も楽しめますよ。

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